2-6 人との距離が近い社会で暮らす|親切・助け合い・プライバシー

フィリピン・ドゥマゲッティ郊外の緑豊かな場所で、年配者から子どもまで幅広い世代の人々が集まり、笑顔で談笑している風景。 暮らしと現地社会

私は現在56歳だが、幼少期を過ごした昭和の田舎町には、今でも懐かしく思い出す風景がある。

隣に住んでいる人の顔を知らない、ということは考えられなかった。近所の人たちは互いに顔を知り、日常的に声をかけ合っていた。家の勝手口には、いつも鍵がかかっていなかった。

祭りの季節になれば親戚が集まり、大人たちは昼間から酒を飲み、笑い声が絶えなかった。今の感覚からすれば、ずいぶん大らかで、時には乱暴な時代だったとも思う。祭りで酒を飲んだ大人が、そのまま車を運転して帰るような光景もあった。今なら問題になることだが、当時はそれが普通の風景として存在していた。

もちろん、すべてがよい時代だったと言いたいわけではない。それでも、人間同士の距離が近く、活気があり、よい意味でも悪い意味でも人間臭さがあった。

そんな昭和の田舎町を思い出させる空気が、今のドゥマゲッティの郊外にはある。

ドゥマゲッティの郊外に感じる、懐かしい空気

ドゥマゲッティの郊外で暮らしていると、かつての日本の田舎町を思い出すことがある。

祭りになれば親戚が集まり、昼間から酒を飲みながら笑っている。人々の表情には明るさがあり、飾らない素朴さがある。特別な演出をしなくても、人が集まれば自然ににぎやかになる。大人たちが笑い、話し、食べ、飲む。そこには、生活そのものに活気があるように感じられる。

私は、こうした雰囲気が好きだ。

もちろん、昭和の日本と現在のフィリピンを、そのまま同じものとして考えることはできない。時代も社会も違うし、地域による違いもある。それでも、人との距離が近く、日常の中に自然なつながりがあるという点では、懐かしさを覚える。

日本では、生活が便利になるにつれて、近所の人と顔を合わせる機会が減った地域もある。隣に誰が住んでいるのか知らないまま暮らすことも、珍しくなくなった。一方、私が接してきたドゥマゲッティ郊外の人たちには、日常生活の中で人とのつながりを感じる場面が多い。

私にとっては、その空気感が居心地のよさにつながっている。

家族と一緒に過ごすことが、自然な日常

もう一つ、ドゥマゲッティで暮らしていて感じるのが、家族の結びつきの強さだ。私が接してきた人たちを見ていると、家族と一緒に過ごすことが、ごく自然な生活の一部になっている。

日本では、子どもが中学生くらいになると、親と一緒に出かけることを恥ずかしがる場合がある。親と距離を置きたくなったり、友人との時間を優先したりすることもあるだろう。もちろん、日本でも家庭によって違うし、フィリピンでも家族関係はそれぞれだ。

ただ、私がドゥマゲッティで接してきた家庭では、年頃の子どもたちが両親と一緒に出かけたり、家族で時間を過ごしたりする姿をよく見かける。そこに、特別な照れや気まずさがあるようには見えない。日本で育ってきた私の感覚からすると、少し違った風景に映る。

また、こちらでは家族の仲がよいと感じる場面が多い。私は、いわゆる「反抗期」という言葉を日常の会話で耳にしたことがない。

もちろん、それだけでフィリピンの子どもたちに反抗期がないとは言えない。親子関係のあり方は家庭によって違うし、表面から見える様子だけでは分からないこともある。それでも、私が日々接している人たちからは、家族と一緒にいることを自然に受け入れ、家族との時間を大切にしている様子が伝わってくる。

私は、そうしたところにも居心地のよさを感じている。

フィリピンの郊外にある緑豊かな屋外で、祖父母から子どもまで幅広い世代の家族がテーブルを囲み、笑顔で談笑している。

困ったときには、家族や親戚が支え合う

家族の結びつきの強さは、普段一緒に過ごす姿だけでなく、困ったことが起きたときにも表れる。私がこれまで見てきた中で印象に残っているのは、家族や親戚の誰かにトラブルが起きたときの助け合いだ。

困っている人がいれば、親戚が集まり、何とかしようとする。その支援は、必ずしも余裕のある人たちだけが行うものではない。私から見ると、決して裕福には見えない家庭が、親戚を助けるために借金をしてまで支援している場面もあった。

日本で育ってきた私の感覚では、そこまでして助けるのかと驚くことがある。自分たちの生活にも余裕がないはずなのに、親戚の問題を自分たちの問題として引き受ける。そうした行動が、私の周囲では特別なことではなく、ごく自然な助け合いとして行われているように見える。

もちろん、フィリピンのすべての家庭が同じというわけではない。家族関係も経済状況も、それぞれ違うだろう。また、助け合いが強いことには、よい面だけでなく、負担が大きくなる面もある。借金をしてまで支援すれば、助ける側の生活にも影響が出る。

それでも、困ったときには家族や親戚が支えるという考え方が、私の周囲では大切にされているように感じる。個人の生活だけでなく、家族全体で問題を引き受けようとする。その姿には、日本での生活感覚とは違う部分がある。

人との距離が近いことには、安心と負担の両面がある

人との距離が近い社会には、安心できる面がある。顔見知りが増えれば、ちょっとしたことでも声をかけやすくなる。困ったことがあったとき、誰かに相談できる可能性も高くなる。

祭りや家族の集まりを通じて、人と人とのつながりが日常の中に存在している。そうした環境には、便利さだけでは得られない心地よさがある。

一方で、人との距離が近いことを、誰もが心地よく感じるとは限らない。自分のことを周囲の人がよく知っていたり、家族や親戚との関係が生活の中で大きな位置を占めたりすることは、人によっては負担になるかもしれない。

また、家族を助けることが当然だと考えられる環境では、個人の事情だけで支援を断ることが難しい場合もあるだろう。助け合いは心強いものだが、それが常に無理なく行えるとは限らない。

私は、こうした違いを考えるとき、どちらの社会が優れていると単純に決める必要はないと思う。人とのつながりが濃いことを心地よいと感じる人もいれば、一定の距離を保てることに安心を感じる人もいる。大切なのは、自分にとってどのような人間関係が心地よいのかを知ることなのだろう。

懐かしさの中に、自分が求めていた暮らしがある

私がドゥマゲッティの郊外に居心地のよさを感じる理由は、静かでのどかな環境だけではない。人との距離が近く、祭りになれば親戚が集まり、家族の結びつきが強い。困ったことがあれば、家族や親戚が何とか助けようとする。

そうした光景の中に、私が子どもの頃に過ごした昭和の田舎町を思い出すことがある。もちろん、今のドゥマゲッティは、私が幼少期を過ごした日本とは違う社会だ。懐かしいと感じる部分があっても、同じ暮らしがそのまま戻ってきたわけではない。

それでも、生活が便利になり、人間関係が効率化されていく中で、失われてきたように感じるものが、ここにはまだ残っている。人が集まって笑うこと。家族と一緒に過ごすこと。困っている親戚を放っておかず、何とか助けようとすること。

そうした姿を見ていると、人間関係は、便利さや効率だけでは測れないのだと感じる。もちろん、昔の社会にも問題はあったし、今の社会の便利さにも大きな価値がある。過去に戻ればすべてがよくなるという話ではない。

ただ、今の暮らしの中で、自分が何を心地よいと感じ、何を大切にしたいのか。そのことを考えるきっかけにはなる。

私にとって、ドゥマゲッティの郊外には、懐かしさと新しさが同居している。静かな朝にコーヒーを飲み、日中は自分の仕事をし、時には地域の人たちの暮らしに触れる。

そんな日常の中で、人とのつながりが自然に存在していることを感じられる。それが、私がこの場所で暮らす心地よさの一つなのだと思う。

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