はじめに:自分にできることは、仕事になるのか
自分には、できることがある。
これまで仕事で身につけてきた技術がある。人より詳しい分野がある。経験してきたことがある。あるいは、自分なりに考えた商品やサービスのアイデアがある。
それを生かして仕事をつくれないだろうか。
新しい事業を考えるとき、多くの人は自分の能力や経験から出発します。自分が得意なこと、自分が好きなこと、自分がやってみたいこと。それらを仕事にできれば理想的でしょう。
しかし、ここで一つ考えておきたいことがあります。
自分ができることと、誰かがお金を払ってでも必要としていることは、同じではありません。
どれほど優れた技術があっても、それを必要とする人がいなければ、仕事として成立しにくいものです。自分では価値があると思っていても、相手にとっては必要のないものかもしれません。
反対に、自分では特別なことだと思っていなかった経験や能力が、誰かの困りごとを解決することもあります。
仕事をつくるためには、自分に何ができるかを考えるだけでなく、それが誰の、どのような問題を解決するのかを考える必要があります。
私は、この顧客の欲求を理解するという課題について、今も学び続けています。自分なりに考え、実際に商売をしてきましたが、まだ十分な自信があるわけではありません。
それでも、過去の経験から一つ、分かりやすい教訓を得ています。
それは、相手が喜んでくれたことと、相手がお金を払ってくれることは、必ずしも同じではないということです。
1. 自分の能力を出発点にするのは間違いではない
仕事をつくるとき、自分の能力や経験を出発点にすること自体は合理的です。
何も知らない分野で始めるより、経験のある分野で始めるほうが、必要な作業や難しさを理解しやすくなります。自分が得意なことなら、品質を高めたり、効率よく作業したりできる可能性もあります。
私自身、日本では、すでに成功しているビジネスを見つけ、その仕組みを学んで独立するという方法を取ってきました。
自分ができることを増やし、それを必要とする人に提供する。仕事をつくるうえで、これは一つの有効な方法だったと思います。
しかし、自分に能力があることと、その能力を必要とする顧客がいることは別の問題です。
さらに、顧客が必要としていることと、実際にお金を払って利用することも同じではありません。
考えておきたいのは、次の三つです。
- 自分ができることを、誰かが必要としているか
- その人は、なぜそれを必要としているのか
- そして、その人は本当にお金を払うのか
この三つは似ているようで、それぞれ違う問いです。
自分の能力を仕事につなげるには、その能力を必要とする人の存在と、実際に購入してもらえる可能性まで考える必要があります。
2. 無料で「おいしい」と言われても、商売がうまくいくとは限らない
顧客が何を求めているのかを理解することは、私自身、今も学び続けている課題です。
頭で考えるだけでは分かりません。実際に商売をして、相手の反応を見て、初めて気づくことがあります。
飲食店を始めたばかりのころ、私は料理の味を知ってもらうために、できるだけ多くの人に試食してもらおうと考えました。
スタッフや関係者だけでなく、近隣の人たちまで呼び、料理を味見してもらいました。
すると、予想以上に多くの人が集まりました。皆、遠慮なく試食し、「おいしい」と親指を立てて喜んでくれました。
その反応を見て、私は手応えを感じました。
これだけ喜んでもらえるなら、きっとお客さんも来てくれるだろう。
そう考えてソフトオープニングを始めたのですが、実際の客足は期待したほどではありませんでした。
試食のときに喜んでくれた近隣の人たちも、ほとんど来店しませんでした。一人や二人という話ではありません。あれほど好意的な反応を示してくれた人たちの多くが、実際の購入にはつながらなかったのです。
私は、そこで一つの違いに気づきました。
無料で食べて「おいしい」と言うことと、自分のお金を払って食べに来ることは、まったく同じではない。
試食の場では、料理を無料で楽しめます。招待してもらったことへの感謝や、その場を楽しく過ごすための好意的な反応もあったのかもしれません。
しかし、お金を払って食事をする段階になると、判断する条件が変わります。
量は十分か。店まで行く価値があるか。ほかの店と比べてどうか。日常的に利用したいと思うか。
無料の試食で確かめられたのは、料理を食べたときの反応でした。実際に購入するかどうかまでは、確かめられていなかったのです。
当時の私には、その区別が十分にできていませんでした。
3. BUY 1 TAKE 1で、顧客の反応が変わった
その後、店ではラーメンのボリュームを調整し、BUY 1 TAKE 1、つまり一つ買うともう一つ付いてくる販売方法を試しました。実質的に、二つの商品を一つ分の価格で提供するような仕組みです。
すると、プロモーションが始まったころ、店の前に行列ができました。
無料の試食ではなく、実際にお金を払って購入してもらうための仕掛けを用意したところ、反応が変わったのです。
この経験から、私は商品そのものの味だけでなく、販売方法や見せ方も重要なのだと学びました。
ただし、行列ができたことだけで、長期的に利益の出る商売になったと判断できるわけではありません。割引によって客が集まっても、原価や人件費などを差し引いて利益が残るかどうかは、別に確かめる必要があります。価格の決め方については、小さなビジネスの価格戦略も参考になります。また、売上だけでなく、日々のお金の流れを把握することも欠かせません。小さなビジネスの資金繰りについては、こちらの記事で整理しています。
それでも、少なくとも、顧客の反応を変えるためには、味を評価してもらうだけでは足りないことが分かりました。
ちなみに、このBUY 1 TAKE 1のアイデアを出したのも妻でした。
私は料理を食べてもらい、おいしいと言ってもらうことに期待していました。一方、妻は、実際にお客さんに購入してもらうための方法を考えていました。
振り返ると、ここにも、自分だけでは見えていなかった視点があったのだと思います。
商品をつくる側は、商品の品質に意識が向きやすいものです。しかし、顧客が購入を決めるときには、価格や量、購入するきっかけ、ほかの選択肢との比較など、さまざまな要素が関係します。
良い商品をつくることと、その商品が売れる仕組みをつくることは、別々に考える必要があるのです。
4. 顧客の「おいしい」は、必ずしも購入の意思ではない
この経験について考えたとき、私はフィリピンでの人々の反応や、文化的な背景についても考えるようになりました。
私が試食を呼びかけたとき、多くの人が集まり、料理を喜んで食べてくれました。無料で食事を振る舞われることへの抵抗が少なく、好意的な反応を示してくれる人が多かったように感じました。
そこには、食事を振る舞ってくれた人への感謝や、相手の好意に応えることを大切にする文化的な背景も関係していたのかもしれません。私は、カトリックを中心とした社会文化との関係も考えたことがあります。
ただし、それが今回の反応の原因だったと断定することはできません。フィリピンの人々すべてが同じように行動するわけでもありません。
私が実際に経験したのは、無料の試食で好意的な反応を示してくれた人たちの多くが、店の営業開始後には購入に来なかったということです。
問題は、相手が「おいしい」と言ってくれたことではありません。その言葉を、私が「お金を払ってでも食べに来てくれる」という意味に受け取ってしまったことでした。
相手が喜んでくれたことは、うれしい反応として受け止めればよいと思います。しかし、その反応を購買意欲の証拠として扱うなら、別の確認が必要になります。
顧客の言葉を疑う必要はありません。ただし、言葉だけで判断を終わらせてもいけません。
好意的な反応は、購入の約束ではない。
商品への評価と、実際にお金を払う意思を分けて確かめることが、商売をつくるうえで重要なのだと思います。

5. 顧客が求めているのは、商品そのものだけではない
仕事を考えるとき、提供する商品やサービスそのものに意識が向きやすいものです。
何をつくるか。どんな技術を使うか。どれほど高品質にできるか。どこを他社と差別化するか。
もちろん、それらも重要です。
しかし、顧客の立場から考えると、別の見方ができます。
顧客が本当に求めているのは、商品そのものではなく、それによって得られる結果かもしれません。
たとえば、顧客が文章作成サービスを利用するのは、文章そのものが欲しいからとは限りません。情報を分かりやすく伝えたい、問い合わせを増やしたい、仕事に使う時間を減らしたい、といった目的があるかもしれません。
飲食店であれば、料理の味だけでなく、価格に対する量、食事をする楽しさ、店の場所、利用する手軽さなども選択に影響します。
顧客が求めているのが結果なら、提供する側も「何をつくれるか」だけでなく、「相手のどんな問題を解決できるか」を考える必要があります。
ここで大切なのは、顧客が口にした要望を、そのまま事業の答えにしないことです。
本人が欲しいと言っているものと、本当に解決したい問題が、必ずしも一致するとは限りません。
相手の話を聞き、実際に困っていることを確かめる。自分が考えた解決策が、本当に役に立つのかを検証する。
その積み重ねが、仕事の価値を形づくっていくのだと思います。
6. 自分の経験が、他人にとっての価値になるとき
自分の経験は、仕事の材料になります。
長く働いてきた経験、失敗した経験、ある分野を学んできた経験。自分にとっては当たり前になっていることでも、別の人にとっては役に立つ場合があります。
ただし、経験があることと、それを商品やサービスとして提供できることも、同じではありません。
自分が経験したことを、他人にも分かる形で整理できるか。相手の状況に合わせて応用できるか。必要な品質を安定して提供できるか。相手が期待する結果に、どこまで応えられるか。
そうした点を考える必要があります。
私自身、フィリピンで事業を始めたとき、日本での経験や考え方を生かせると考えていました。
しかし、経験を持っていることだけでは足りませんでした。その経験が新しい環境でも役立つのか、現地の条件に合わせて提供できるのか、事業として継続できるのかを確かめなければならなかったのです。海外で仕事を始める前に確認しておきたい点については、海外で仕事を始める前に考えておきたいことでも取り上げています。
過去の経験は、将来の仕事を考えるうえで貴重な資産になります。
ただし、その価値は、自分が経験したという事実だけで決まるのではありません。その経験が、誰かの問題を解決するために使えるかどうかによって変わるのです。
7. 売れるかどうかは、考えるだけでは分からない
自分の能力が誰かの役に立ちそうだと思ったら、次は実際に確かめる段階になります。
ここで、完璧な商品やサービスを最初からつくる必要はありません。最初から大きな投資をするのではなく、負担を抑えて小さく始める考え方については、少ない資金で小さなビジネスを始める方法も参考になります。
- 小さな形で提供してみる
- 想定する顧客に話を聞く
- 試作品を見てもらう
- 実際に料金を提示してみる
- 可能であれば、少数の顧客に試してもらう
こうした行動を通じて、考えているだけでは分からなかったことが見えてきます。
たとえば、相手は商品に興味を示しても、価格を聞くと購入しないかもしれません。反対に、自分が重要だと思っていなかった部分を高く評価してくれるかもしれません。
その結果は、自分のアイデアを否定するためのものではありません。事業の設計を改善するための情報です。
ただし、一人が購入したからといって、十分な市場があると判断できるわけでもありません。反応を見ながら、誰が、どのような条件で購入するのかを少しずつ確かめていく必要があります。
大切なのは、自分のアイデアを信じることだけではありません。現実から返ってきた反応を受け止め、必要ならアイデアを修正することです。
8. 「自分がやりたいこと」と「相手が必要とすること」をつなぐ
自分が好きなことや、やりたいことを仕事にできれば、働く喜びも大きくなるでしょう。
しかし、自分のやりたいことだけを優先していては、仕事として成り立たない場合もあります。
反対に、顧客の要望に合わせることだけを考え、自分の得意分野や価値観を無視し続けると、仕事を長く続けることが難しくなるかもしれません。
そこで考えたいのが、自分の能力と顧客の必要性が重なる部分です。
- 自分ができること
- 相手が必要としていること
- 相手がお金を払えること
- 自分が無理なく提供し続けられること
この重なりが大きいほど、仕事として継続できる可能性が高まります。
もちろん、最初から理想的な形が見つかるとは限りません。顧客の反応を見ながら、提供する内容や価格、対象とする顧客を調整していけばよいのです。
仕事をつくることは、自分の能力をそのまま売り込むことではありません。
自分の能力を、誰かが必要とする価値へと変えていく作業でもあるのです。
おわりに:自分ができることと、顧客がお金を払うことの間に
自分に何ができるのかを考えることは、仕事づくりの出発点になります。
しかし、それだけでは十分ではありません。
その能力は、誰のどのような問題を解決するのか。その人は本当に必要としているのか。お金を払ってでも利用したいと思うのか。そして、自分はその価値を継続して提供できるのか。
これらの問いに、最初からすべて答えられる必要はありません。
仮説を立て、実際に動き、相手の反応を確かめる。結果から学び、必要なら方向を変える。
私が飲食店で経験したように、無料の試食で喜ばれたからといって、店に来てお金を払ってくれるとは限りません。一方、販売方法を変えることで、顧客の反応が変わることもあります。
顧客の欲求を完全に理解することは、簡単ではありません。私自身、今も学び続けています。
だからこそ、自分の判断だけで答えを決めず、実際の行動を観察する。言葉だけでなく、購入するかどうかを見る。自分にはない視点を持つ人の意見も取り入れる。
自分の能力を信じることと、顧客の反応を冷静に見ることは、両立できます。
仕事をつくるうえで大切なのは、自分ができることを増やすだけではありません。それを必要とする人を理解し、相手にとっての価値に変えることです。
自分ができることは、誰かがお金を払ってでも必要とすることなのか。
その答えは、頭の中だけで考えていても、完全には分かりません。
だからこそ、小さく試し、相手の反応から学ぶことが、仕事をつくる次の一歩になるのだと思います。
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