はじめに:顧客は「一番よい商品」ではなく「今の自分に合う商品」を選ぶ
商売をしていると、自分では良い商品やサービスを提供しているつもりなのに、思ったように売れないことがあります。
反対に、特別に優れているとは思えない商品が、驚くほど売れていることもあります。
その違いは、どこから生まれるのでしょうか。
日本で暮らしていると、商品の品質や専門性、評判、口コミなどが、顧客の選択を左右するものだと考えがちです。
しかし、海外で生活し、実際に商売をしたり、地域の人々の暮らしを観察したりしていると、それだけでは説明できない場面に出会います。
顧客は、いつも理想的な商品を探しているわけではありません。限られた予算や時間、移動できる範囲、日々の生活上の必要性などを踏まえ、その時々の自分に合ったものを選んでいます。
今回は、フィリピンで経験したアンティーク家具の仕入れと、現在暮らしているドゥマゲッティの学校前に並ぶ飲食店を通じて、顧客が何を基準に商品やサービスを選んでいるのかを考えてみたいと思います。
1. 日本で価値のあるアンティークが、フィリピンでは簡単に見つからなかった
以前、私はフィリピンでアンティーク家具などを仕入れ、メンテナンスして日本に送り、販売する事業を考えていました。
考え方は、それほど複雑ではありませんでした。
日本ではアンティーク家具に一定の価値があり、専門店やインターネットを通じた販売網も発達しています。一方、フィリピンでは、日本と同じようにアンティークとして評価されていない家具もあります。
古い家具は、適切に管理されていれば、時間が経っただけで価値がなくなるものではありません。希少性のある品なら、新品を大量生産することでは代替できない魅力もあります。
さらに、当時はコンテナ輸送を利用する方法も検討していました。輸送や申告の方法についても調べ、事業として成立する可能性があると考えていたのです。
ところが、実際に仕入れを始めようとすると、別の問題にぶつかりました。
フィリピンには、アンティーク家具を探せる中古店そのものが少なかったのです。
マニラ近郊でも、私が探していたような家具を扱う店は数えるほどしか見つかりませんでした。仕入れたいものがあっても、選択肢が少ない。私は何度も店に通うことになりました。
日本なら、アンティークを扱う店や販売網を通じて商品を探すことができます。しかし、フィリピンでは、そもそも商品を探すための場所が十分に存在していませんでした。
ここで気づいたのは、同じ商品でも、国や地域によって市場の成り立ちが違うということです。
日本で価値が認められている商品だからといって、海外でも同じように流通しているとは限りません。海外で小さなビジネスを始める際には、現地の流通や市場の違いを確かめることが大切です。逆に、現地では一般的に価値が認識されていないものでも、別の市場では需要があるかもしれません。
ただし、現地で安く手に入ることと、輸送費や修復費をかけても日本で利益が出ることは別の問題です。
私自身、この事業は仕入れがうまくいかず、大きな損失が出る前に断念しました。
それでも、この経験は、商品を売ることだけでなく、商品がどのように見つかり、流通し、必要とする人に届くのかを考えるきっかけになりました。
2. 仕入れ先を探す中で、近所の人が家具を持ってきた
アンティーク家具の仕入れを試みていた頃、私は数点の家具を購入し、自宅でメンテナンスしていました。
その家具の一部は、今でも気に入って自分で使っています。事業としては思うように進みませんでしたが、手元に残った家具には個人的な満足もあります。
ある日、自宅で家具を修復していると、近所の人が興味深そうに声をかけてきました。
「どうして、そんな古い家具を直しているの?」
私は、日本に送って販売するためにアンティーク家具をメンテナンスしているのだと説明しました。
すると、その人は「ちょっと見てほしいものがある」と言って、古い椅子を持ってきました。
それは、古いナラ材でできた椅子でした。私には、日本なら1万円程度で売れる可能性がありそうに見えました。
そこで私は、冗談半分に「50ペソで買うよ」と言いました。
すると、その人は喜んで椅子を置いて帰っていきました。
もちろん、その椅子が実際に日本でいくらで売れたかを確認したわけではありません。しかし、この出来事は私にとって印象的でした。
私は、それまで仕入れ先となる中古店を探していました。ところが、自分が何をしているのかを近所の人が知ったことで、商品を持ってくる人が現れたのです。
もしかすると、フィリピンには、価値を知られないまま家庭に眠っている古い家具が、まだ数多くあるのかもしれません。
もしそうなら、必要なのは既存の店を探し回ることだけではありません。個人の持ち主と直接つながり、家具を探し出す仕組みをつくる方法も考えられます。
これは、当時の私が実際に事業として完成させた仕組みではありません。あくまで、経験から生まれた可能性の一つです。
それでも、商品を仕入れるという行為について、考え方が変わった出来事でした。
市場は、最初から店や業者という形で見えているとは限りません。商品を持っている人と、それを必要とする人がいても、両者をつなぐ仕組みがなければ、取引は生まれないことがあります。

3. 学校前の飲食店は、学生の生活にどう応えているのか
現在暮らしているドゥマゲッティは、学園都市として知られています。学校が多く、学生の姿も日常的に見かけます。
生活する中で、私はあることに気づきました。
学校の規模や周囲の環境による違いはありますが、学校の前には、小さな飲食店や屋台のような店が数多く並んでいます。
そこで販売されているのは、1食50ペソ程度から買える手頃な食事です。学生たちが日常的に利用し、食事が次々と売れていく様子を目にします。
私の印象では、こうした店では、料理の味だけが選択を左右しているわけではありません。
なぜなら、学生にとって食事は、特別な日に楽しむものというだけではなく、日々必要になるものだからです。
学校の近くに店がある。手頃な価格で買える。授業の合間や通学の途中で食べられる。価格を考えるときも、単に安く設定するのではなく、顧客が感じる価値と支払える金額の両方を見る必要があります。詳しくは、小さなビジネスの価格設定についての記事でも取り上げています。
そうした条件がそろっていれば、日常的に利用する理由が生まれます。
フィリピンでは、日本のように学校給食が広く普及しているわけではなく、学校によっては売店などが食事の選択肢になっています。私が見てきた範囲では、売店の食事が高い、あるいは満足できないと感じる学生もいるようでした。
そうした状況では、学校の近くにある手頃な飲食店が、学生にとって食堂のような役割を果たすことになります。
ここで重要なのは、店側がどれほど料理にこだわっているかだけではありません。
学生がどのような生活を送り、何を必要とし、どの程度のお金を使えるのかということです。
顧客の立場に立って考えると、なぜ学校の前に小さな飲食店が集まり、そこで手頃な食事が売れるのかが見えてきます。
4. 流行で選ばれる商品と、日常的に必要とされる商品は違う
ドゥマゲッティでは、飲食に関する流行も変化していきます。
例えば、以前はタピオカミルクティーの店が目立っていました。しかし、私の記憶では、2年ほど前に流行していた店を、今では探すのも難しくなったように感じます。
もちろん、個々の店が閉店した理由や、タピオカミルクティーの需要がどの程度減ったのかを、統計的に調べたわけではありません。
ただ、生活者として見ていると、ある時期に目立っていた商品や店が、しばらくすると目立たなくなることがあります。
一方、学生が日々食べる手頃な食事は、特定の流行商品とは少し性質が違います。
毎日の食事は、生活の中で繰り返し必要になります。もちろん、学校の休暇や学生数、競合店、価格、メニューなどによって売上は変わります。それでも、日常的な必要性がある商品には、流行とは別の需要の土台があります。
この違いは、小さなビジネスを考えるうえで重要だと思います。
一時的に注目を集める商品を扱うのか。それとも、日常の中で繰り返し必要とされる商品を扱うのか。
どちらが優れていると単純に決められるわけではありません。しかし、商売を始めるときには、自分が狙っている需要が、流行によって生まれたものなのか、生活の中で継続的に生まれるものなのかを考えておく必要があります。
そして、日常的な需要があるからといって、どの店でも成功するわけではありません。
近くに競合店があれば、価格やメニュー、提供の速さなどによって選ばれる理由が変わってきます。
需要の存在と、自分の店が選ばれることは、別の問題なのです。
5. 顧客が選ぶのは、最も優れた商品とは限らない
日本では、口コミサイトを調べ、評判の店まで足を運び、行列に並んで食事をすることがあります。
一方、私がドゥマゲッティで日常的に観察している範囲では、学校前の飲食店などは、遠方から評判を聞いて訪れるというより、近くにあることや価格の手頃さが選択の理由になっているように見えます。
もちろん、フィリピンでも評判の店を目指して出かける人はいます。ここで言いたいのは、フィリピンの人々が口コミを重視しないということではありません。
同じ人でも、買い物や食事の目的、時間、予算によって、選択の基準は変わります。
特別な日に食事を楽しむなら、多少遠くても評判の店を選ぶかもしれません。しかし、授業の合間に食事を済ませたい学生なら、近くて手頃な店を選ぶことが合理的になります。
顧客は、常に最高の品質を求めているわけではありません。その場の目的を満たし、自分の状況に合ったものを選んでいるのです。
ここを理解せずに、提供する側が「品質さえ高ければ売れる」「評判がよければ客は来る」と考えてしまうと、顧客の実際の選択を読み違える可能性があります。
アンティーク家具の場合も同じです。
日本の市場で評価される家具であっても、フィリピンで同じ価値が認識されているとは限りません。逆に、現地で価値を認識されていない家具が、日本では求められる可能性もあります。
つまり、商品の価値を考えるときには、商品そのものだけでなく、誰が、どこで、どのような目的で、それを必要としているのかを考えなければなりません。
まとめ:商品だけでなく、顧客の暮らしと市場を見る
アンティーク家具の仕入れと、ドゥマゲッティの学校前の飲食店。一見すると、まったく異なる話です。
しかし、どちらにも共通するものがあります。
それは、商品だけを見ていても、市場の姿は十分に見えてこないということです。
アンティーク家具では、日本とフィリピンで価値の認識や流通の仕組みが違っていました。
学校前の飲食店では、学生の生活、食事の必要性、予算、学校からの距離などが、店を選ぶ理由になっているように見えました。
商売をする側は、自分が提供する商品やサービスの良さを考えます。しかし、それだけでは不十分です。
顧客がどのような状況に置かれ、何を必要とし、どのような条件で選択しているのか。そこまで考えることで、初めて商品やサービスが必要とされる場所が見えてきます。
そして、まだ誰も注目していない場所に、商品や人をつなぐ新しい可能性が眠っていることもあります。
顧客が何を選ぶのかを理解するには、商品を見るだけでは足りません。顧客の暮らしと、その商品が置かれている市場を見る必要があります。
海外で暮らし、商売を考えることは、そうした違いを現場で学ぶことでもあるのです。
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